明治維新 (1868年) から大正〜昭和〜平成〜令和と150年以上にわたるJ-Pop (歌謡曲、日本の大衆音楽) の歴史を探ろう、というのがテーマです。昔懐かしいヒット曲を年代別 (発売年月 / 流行年代順) に集めて、データベース化しました。勝手なコメントもついています。
流行年月 | 曲名 | 歌手・アーティスト | ひとこと |
---|---|---|---|
1969 | カンドレ・マンドレ | アンドレ・カンドレ | 井上陽水が昔に出していたシングル。この曲はラジオで人気があったが、以降の「ビューティフル~」からはさっぱり売れず。作詞・作曲は「マンドレ」名義になっている (笑) 。 |
1969.01. | 風 | はしだのりひことシューベルツ | はしだのりひこは1945年1月7日生まれ、京都府出身。フォーク・クルセイダース解散後、結成したのがシューベルツで、「風」をヒットさせた後、クライマックスを結成。 |
1969.01. | 白いブランコ | ビリー・バンバン | シングルレコードには、キハダ (ラテン系の音楽でよく使われる、カーッて音がするやつ) が入っていた。当時の流行りだったらしい。最初はB面にする予定だったらしいが、宣伝会議の途中、師匠・浜口庫之助がトイレに行っている隙を狙ってA面にしてしまったらしい (笑) 。 |
1969.01. | 涙の季節 | ピンキーとキラーズ | ピンキーとキラーズは、ピンキー (今陽子) と男性4人、ジョージ浜野、エンディ山口、ルイス高野、パンチョ加賀美。 |
1969.02. | 時には母のない子のように | カルメン・マキ | 寺山修司が一枚かみ、CBSソニー初のミリオンセラーに。当時トレードマークだったストレートのロングヘアは実はヘア・ピースで、本当はカーリー・ヘアだった。サウンドに関しては、ストリングスのミスを隠すために茅ヶ崎で波の音を録音し、イントロでかぶせている。 |
1969.02. | 長崎は今日も雨だった | 内山田洋とクール・ファイヴ | デビュー曲であり代表曲だが、最初は別の曲が予定されていたという。彼らは長崎から東京へ出てきて、そのままスタジオ入りして録音。恵比寿駅に近いマンションで6畳の洋間と4畳半の和室に6人が共同生活するようになり、この状態が1年ほど続いたという。作詞は永田貴子だが、女性ではなくて男性で「ながた・たかし」と読む。彼は長崎のクラブ「銀馬車」の芸能担当、吉田孝穂で、1973年には芸能界を離れて海運会社野母商船に就職している。長らく観光船事業を担当し、会社が観光船から撤退した後は、ホテル部門のサービス業に移り、2007年に亡くなっている。 |
1969.02. | 坊や大きくならないで | マイケルズ | てっきりエマニエル坊やのことかと思った (笑) 。 |
1969.03. | 禁じられた恋 | 森山良子 | 1948年1月18日生まれ、東京都出身の彼女は自ら作曲した「この広い野原いっぱい」でも有名だが、「禁じられた恋」はセールスでは上回った。 |
1969.03. | 夜明けのスキャット | 由紀さおり | 「ルールールルルー……」のスキャットはあまりにも有名。シングル・ジャケットに「日本初のスキャット・ヒット!!」と書かれていた (笑) 、彼女のデビュー曲。イエロー・モンキーもなぜかカバーしてるぞ。作曲のいずみたくは、「彼女こそまさに日本のピンキー・ピンカムだ」 (謎) と太鼓判を押していた。 |
1969.04. | 白いサンゴ礁 | ズー・ニー・ヴー | |
1969.04. | 港町ブルース | 森進一 | 独特のハスキー・ヴォイスで、最初の頃は青江美奈と並んで「ためいき路線」とも呼ばれていた。 |
1969.04. | ミヨチャン | ザ・ドリフターズ | 作詞・作曲は平尾昌晃で、本人もアイドル時代に歌ってヒットしていた。 |
1969.05. | 或る日突然 | トワ・エ・モア | デビュー曲。日本音楽女子高校在学中から銀座で弾き語りをしていた山室 (現:白鳥) 英美子と芥川澄夫のデュオ。この曲は、友人から恋人に変わる心情をさわやかに描いており、当時の高校生や大学生の共感を呼んだ。 |
1969.06. | いい湯だな (再) | ザ・ドリフターズ | |
1969.06. | 恋の奴隷 | 奥村チヨ | |
1969.06. | 恋は風に乗って | 五つの赤い風船 | |
1969.06. | 遠い世界に | 五つの赤い風船 | |
1969.06. | フランシーヌの場合 | 新谷のり子 | 歌詞に出てくるフランシーヌとは、ベトナム戦争に胸を痛めて自殺したフランシーヌルコントを指す。新谷のり子はもともと函館のNHK児童合唱団に所属しており、父親に内緒で上京、たまたま「しんくら」という店に出入りしていたコマーシャル作家、郷伍郎の目にとまりデビュー、80万枚以上を売り上げたという |
1969.07. | いいじゃないの幸せならば | 佐良直美 | |
1969.07. | 池袋の夜 | 青江美奈 | 彼女にとって一番セールスをあげたとされるシングル。 |
1969.07. | おんな | 森進一 | 1947年11月18日生まれ、本名は森内一寛。1966年6月に「女のためいき」でデビューしている。 |
1969.07. | 何故に二人はここに | Kとブルンネン | K (鈴木豊明) とブルンネン (クリスタル・ブルンネン) のフォーク・デュオ。「K」って何かと思ったら、男の人の名前だったのね。[k]とは違うみたい (重症) 。 |
1969.07. | 人形の家 | 弘田三枝子 | この曲は、しばらく休養をおいての再デビュー作で、これがヒットして1969年度紅白歌合戦にも出場。 |
1969.07. | 別れのサンバ | 長谷川きよし | |
1969.08. | まぼろしのつばさと共に | 五つの赤い風船 | |
1969.09. | 今はもうだれも | ウッディ・ウー | 関西のフォーク・グループ。グループ名は、フォーク・シンガーのウッデイ・ガスリーと、若者の叫び声を表す「ウー」に由来する。メンバーは佐竹俊郎、岡山勇吉、そして星野彬。このシングルは全国的に知られることはなかったが、1975年に谷村新司率いるアリスによるカバー盤がヒットしている。 |
1969.09. | 北国の町 | 鶴岡雅義と東京ロマンチカ | |
1969.09. | 真実一路のマーチ | 水前寺清子 | |
1969.09. | 新宿の女 | 藤圭子 | 北海道出身の彼女は、この曲でデビュー。ハスキーな声と迫力ある歌声で一世を風靡。 |
1969.09. | ひとり寝の子守唄 | 加藤登紀子 | 1943年12月27日生まれの彼女は、東大生の歌手として注目を浴びた。 |
1969.10. | 青空のゆくえ | 伊東ゆかり | |
1969.10. | 黒ネコのタンゴ | 皆川おさむ | 当時6歳だった彼が歌ったミリオン・ヒット。220万枚以上を売り上げ、長らく「およげ!たいやきくん」「女のみち」に続く第3位のシングル・ヒットを記録していた。彼の叔母が主催する「ひばり児童合唱団」にレコード化の話が来て、たまたま歌ったという偶然の産物から生まれたヒットだった。 |
1969.10. | さよならの総括 | 新谷のり子 | 「フランシーヌの場合」のヒットを受けて発売された2枚目のシングル。そこそこ売れたらしいが、今となっては知る人は誰もいない (笑) 。ベトナム戦争が終結した1970年代半ばあたりには、プロテストソングは売れないからイメージチェンジしろと事務所からいつも怒られていたという (笑) 。 |
1969.10. | 白い色は恋人の色 | ベッツィ&クリス | 作詞は北山修、作曲は加藤和彦。 |
1969.10. | 遠い世界に | 五つの赤い風船 | |
1969.10. | ミドリーヌ | ビリー・バンバン | この「ミドリーヌ」っていうタイトルって、なんかミトコンドリアとかの細胞をイメージさせる気がするんだけど (気のせい?) |
1969.10. | 夜が明けたら | 浅川マキ | |
1969.10. | 夜と朝のあいだに | ピーター | 本名は池畑慎之介。地唄舞・吉村流家元の跡継ぎに生まれながら、家出して歌手デビュー。芸名の由来は、ピーターパンから来ているとか。 |
1969.11. | ドリフのズンドコ節 | ザ・ドリフターズ | |
1969.12. | 逢わずに愛して | 内山田洋とクール・ファイヴ | 「長崎は今日も雨だった」でデビューした彼らの、「わかれ雨」に続く第3弾シングル。 |
1969.12. | 今日でお別れ | 菅原洋一 | |
1969.12. | 遠い空の彼方から | 五つの赤い風船 | |
1969.12. | 嘆きのボイン | 月亭可朝 | 2001年には参議院選挙に出馬した (笑) 。 |
1969.12. | ビューティフル・ワンダフル・バーズ | アンドレ・カンドレ | 鳥が宝くじを買いに行ったりと、かなりイっちゃってる歌詞はさすが。でも売れなかったところを見ると、時代が彼に追いついていなかったのか……?相変わらず作詞・作曲はマンドレ (笑) 。 |
1969.12. | もしもボクの背中に羽が生えていたら |
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